人がライブを見たくなるメカニズム 十章
2010/02/01 UP
[孤高の弾き語り侍、M。待望のワンマンライブ決定!!〜風と共に駆け抜けるメロディー〜 日程—○月○日 会場—△△グラフィティ 開演—19時]
Mに首ったけのY子の元にダイレクトメールが届いた。
「わぁ〜、ついにM様がワンマンライブを敢行するのね!わぁ〜い、わぁ〜い。」
まるでメルヘンチィックな乙女の様に、グルグルと部屋中をはしゃぎ回るY子。
賽は投げられた。日程と会場が正式に決まった今、もうアーティストMに残された道はただ一つ。ワンマンライブを大成功に収めるのみ。なぁ〜に、心配ない。まだ本番当日まで1ヶ月以上もある。心配ない、心配ない。
そんな訳で、今日はゆっくりとパチンコへ…。
〜ジャラジャラ、ジャラジャラ、パチンコだ。一玉四円のパチンコだ。店に落ちてる出玉を拾って、デシハネものに挑戦だ。ジャラジャラ、ジャラジャラ、大フィーバー。一玉四円が五千発。今夜はみんなで飲み明かそう!!
うそうそ、それはドラマの話。世の中そんなに甘くない。うつむき加減で家路に着き、今夜は寂しくカップめん。
ジュルジュル、ジュルジュル麺をすすり、しんしんしんしん孤独に耽る。
ところで、東京を離れて行った直子は今頃何をしてるんだろう…。オイラはね、東京に残ってまだ音楽活動を続けているよ…。〜
/中野ハルオ
人がライブを見たくなるメカニズム 九章
2010/01/25 UP
「いやぁ〜、オイラがここまでのし上がるのには相当だったよ〜。」
妙なテンションで何者かに苦労話を語り始めるM。
ここは都内某所の喫茶店。
「そうなんですかぁ。東京進出はさぞ大変だったでしょう。ギター一本、路上ライブ。渋谷、原宿、新宿、代々木、三茶、恵比寿、駒込、渋谷…。太陽がギラギラ照りつける昼時も、北風がピューピュー吹きつける夜時も、年がら年中ジャカジャカジャカジャカ。」
「まぁねぇ。でも、当時を振り返るとどれもこれもいい思い出かなぁ。」
「ですねぇー。路上時代のMさんがいたから、今のMさんがいる。こうして私と悠長にコーヒーを啜りながら、和みの空間を演出できるのも、そんな下積み生活のお陰。ところでどっこい、ワンマンライブの日程はいつにしましょうかねぇ?」
「………。」
Mはポリポリと鼻っぱしを掻きながら、なんやかんやでその場の返答を誤魔化した。
念願のワンマンライブ。それは自身に取って待望のステージとなるはずなのだが、どうにもやり切れない表情を浮かべているM。彼の目の下には、くっきりとクマが滲み出る。
追憶の路上ライブ。それは、ミュージシャンに取って、実に甘っちょろい試練だったのかも知れない。歌を聞きたい人だけがその場に立ち止まり、聞きたく無い人はそのまま素通り…。正にそこは自由奔放で拘束されない空間。それに対義し、ワンマンライブとはMの歌を聞きたい人のみが時間とお金を費やす空間。すなわち、自縄自縛で束縛された空間…。
“果たして、このオイラに会場を埋める程の器量は備わっているのだろうか。果たして、このオイラに会場一人一人が費やす時間とお金の代償をステージパフォーマンスで償う事は出来るのだろうか。果たしてこのオイラに…。”
/中野ハルオ
人がライブを見たくなるメカニズム 八章
2010/01/17 UP
新年を迎え、アーティストMは一つの目標を掲げた。
「よし、今年は一発、デカいステージでワンマンライブをぶちかますぞ!」
うーん、それは素晴らしい心持ちだ。そして、インディーズアーティストならではの心持ち…。
さて、これまで本編で頻繁に登場しているアーティストMと言う人物。彼は一体、何者?と疑問を抱く人もいるだろう。では、ここで少し彼の生い立ちについてお話ししよう。
アーティストMは、18の時にプロのミュージシャンを目指して上京したシンガーソングライターだ。
「俺には才能がある、俺には才能がある、俺には才能が…。」
それは若さゆえの言動か、家族の反対を押し切り、猪突猛進に突き進む彼の知情意には、妄念も、懸念も見当たらない。
右手には大きなボストンバック。左肩には大きなギターケース。決して体格が良いわけでも無い彼がその日は人一倍大きく、逞しく見えた。
音楽で成功する為にはまず東京進出であると確信を持つ。Mは大阪の梅田育ち。騒がしい場所はどこもかしこも同じだ。だが、東京人は大阪人よりノリが悪い。それは承知の上だ。
行き当たりばったりの不動産屋に駆け込み、格安のアパートを紹介して貰う。
「現実はリアリティーだな…。」
豊島区、池袋三丁目にある「昇竜」と言う中華そば屋の二階を見上げながら一言呟くM。
あずま荘203号室。ここから彼は有望と絶望の狭間を縫うような日々を、およそ3年間過ごしたと言う。
/中野ハルオ
[人がライブを見たくなるメカニズム]七章
2009/12/26 UP
“私はアナタだけを想い続ける。私はアナタだけを追い続ける。
アナタと言う一人の人間に出会ったあの日、アナタと言う一人のアーティストに魅了されたあの日。
ブルブルブルブル。激しく震撼する心と体。大脳、脳梁、下垂体、小脳、延髄、全ての部位にガッチリと結合する私のシナプス達。ビリビリビリビリ、ビリビリビリビリ。
どうして私はこんなにもアナタだけを想い続けるの?どうして私はこんなにもアナタだけを追い続けるの?私にはわからない…。私にはわからないからアナタにもわからない…。わからない、わからない。
矛盾ばかりが交差する、アナタの歌詞がわからない。サビの盛り上がりに欠ける、アナタのメロがわからない。話しの糸口が掴めない、アナタのMCがわからない。常に我を自尊する、アナタの神経がわからない…。
わからない、わからない。でも、わからないからわかりたい。アナタの歌に込められた真相真意を掴みたい。アナタの私生活に込められた生い立ちの全貌を網羅したい。
だから私はアナタだけを想い続ける。だから私はアナタだけを追い続ける。
えーと、来年のライブは、18日の代官山かぁ。じゃあ、その日の私はちょっとめかし込んで、アナタのステージを鑑賞しに行きます。”
~Y子、アーティストMへ送る心の恋文より。~
/中野ハルオ
[人がライブを見たくなるメカニズム]六章
2009/12/12 UP
“聴き手が感受する芸術的感性は常に意中のアーティストに向けられる。よって、他のアーティストに対して受動的、もしくは能動的な感性は作用しない。”
これが前回文の事例から読み取れる学説である。
Y子がカルーアミルクをストローでチューチューと啜りながら、Nの演奏を鑑賞する構図。それを分かり易く別の事例に置き換えて説明してみよう。
運動会の30メートル走。そわそわしながら出番を控える園児達。
「えーと、マサルの走る順番は…と。」
遠くから鑑賞する母親の洋子は、群れに紛れる我が子を目で掻き分け、出走順を確認した。
マサルは第六走者。
「位置について、よ~い、パーン!」
緊張で無抵抗の園児達は鳴り響くピストル音に一回一回ビクつきながらも、先生の誘導に従う。
次々にスタートラインへと送り込まれる園児達。その光景はまるでベルトコンベアーの上を進む様に、確実に着実にマサルの出番が近づいて行く。
ギュッと握った拳を胸に当て、我が子の晴れ舞台を見届ける洋子。
その時だ、ザワザワと何やら会場の空気がどよめいた。
どうやらマサルの前の走者である、ナル男がゴール手前で顔面からずっこけた模様。右頬は擦りむけ、膝と手も負傷。唸るナル男。しかし、そんな緊急事態にも、洋子の心は動じない。コースで唸り続けるナル男を先生やら保護者やらが必要以上に取り囲む最中、洋子の視線はマサル一点を直視して、小さくこう呟いた。
「マサル、絶対に一位になるのよ!」
/中野ハルオ