1985年にVo立花正浩 G SUZY B gunzy Ds三戸篤にて44マグナムを目指し、マグネシウムとしてスタート、鹿鳴館でLIVEを行う。
その後イエモンの菊池氏とのBANDに専念するためDsの三戸篤脱退(後のキラーメイ)。
その後強力なツーバスベーシスト田辺伸一をベースではなくDsに迎える。
fourvalley,LIVESTATION、SHELLGARDEN,VIVREなど東京、神奈川を中心としたLIVEを経て田辺やっぱりベースに専念したいと脱退。
実質活動休止となる。
その後オリジナルメンバーでマグナムのコピーをほのぼの行い楽しく解散。
メンバーは各社会人とはばたくのでした。
その際けじめをつける為オリジナル6曲のレコーディングを決行。
エンジニアやプロデュースの手伝いをしてくれたのは後に作曲家となる田畑朋実氏。
それから2年突然田辺より、夏祭りにバンド出ませんか?とお誘い。
マグネシウム夏限定の復活LIVEとあいなりました。
昼間から盆踊り会場にてオリジナル2曲とKILL THE KING、DREAMERなど爆音で演奏しすぐに近隣からクレームがつく始末。
対バンのFIRE ROSEの紅(Xの名曲ね)でおばちゃんが盆踊りを踊っているのを見て、これはXの時代がくるなと確信。
その後バンドは深い眠りに入りこのままおしまいか?と思っていた矢先、Gのsuzyが突然のBAND宣言!
メンバー集めに入る。
Bのgunziは渡独中であったため以前から目をつけていたNASUに声をかける。
バンドのコンセプトの白い楽器に見合うリッケンバッカーの白を無理やり買わせる。
次に田辺と接触。無理やり練習へと誘う。
集まった4名、あまりに久しぶりのため音が出るまで30分!ギターはシールドの接続順が分からなくなる始末。
しかし音を出すとよみがえるあの感覚、爆音でオリジナルを気持ちよくプレイ。
懐かしさに浸るのであった。・・・・・がここで問題が・・・・・
当時かなり無理して作ったせいか立花が当時のようなハイトーンヴォイス出ず。
先行き不安に・・・・・
その後何回か練習するものの なにかしっくりこない感じ
その後田辺と連絡がつかなくなる。ある程度予想はしていたものの、約一年ぶりに田辺から連絡が。
とりあえず会って話すことに・・・・
「やめさせてください。音楽をやる気になりません・・・・・・」
田辺の気持ちはわかっていたので快諾。
これからも仲よくねと爽やかに別れる。
後任Ds選びは着々と進んでおり、約18年ぶりに三戸氏と再会。
数回の飲み会を経てBAND加入のお願い。快諾いただく。
しかし練習するも18年ぶりのドラムはかなり?な感じでこれ大丈夫かな?と心配になる。
数回練習するも、なにかしっくり来ない。
hiroは往年のハイトーンヴォイスを取り戻すもバンドの方向性が見えなくなる。
立花とsuzyはミーティングを重ね(昆虫採集中)、立花の声質も考慮してBANDは方向転換することに。
オリジナル曲はとりあえず捨ててDEAD ENDのコピーを始める。
難しさに舌を巻くものの、だんだん形になっていい感じに。
ミトアツも輝きを取り戻しメンバー全員全快モードへと突入。
そしていよいよLIVEのオファーが・・・・・・
無事復活LIVEも終わり、さらに進化するために曲作りに入る。
現在オリジナル曲を製作中。
次回の展開に向け着々と準備の日々・・・・・・












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